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2007年 03月2007年 02月 2007年 01月 more... おぼえがき
わたしは、日本原燃六ヶ所核再処理工場のアクティブ試験(実質操業)の中止と再処理計画の凍結を訴えます。
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このブログをお読みくださっている皆様、
これまでご愛顧を賜りまことにありがとうございました。 わたくし「ごみっちゃん」は 本日をもって防府教会の仕事を終えることになりました。 従いまして、「佐波川のうた」も今回が最後となります。 エキサイトの仕様に従って、やがては削除されてしまうことでしょうが それまでは形としては残したままです。 但し、更新はしません。 コメント頂いてもすぐには反応出来ないかと思います。 申し訳ありません。 ということですが、 本当にこれまで良くお訪ね下さいました。 心からの感謝を表明し、このブログの最終更新といたします。 ありがとうございました。 # by mtz0012 | 2007-03-25 00:01
神学校時代を過ごした東京都町田市は、まるでささくれのように南にとんがって伸びた土地で、そのとんがった西は横浜市、東は川崎市、北は多摩市に隣接している。神学校はその町田でも最北部にあり、裏の斜面を降ってしばらく丘を行き過ぎると多摩ニュータウンが開けていた。1971年に第一次入居が始まったが、わたしがいた18年前でもまだ開発は続けられていた。林立する高層住宅の合間に個建の団地群が、都市公園も配置されて美しい町並みを形成していた。最終的には2005年に開発事業を終える。 あの頃、まさに夢のような町並みだった。郊外のマイホームはテレビドラマのテーマにさえなった。文字通り「夢」が溢れていたのだ。だが、それももって30年余だったのだ。 人間の一生を考えると一世代は30年ぐらいだろうか。だから栄枯盛衰はせいぜい30年程度が周期なのかも知れない。「一生」といえば長い気もするが、そんなものなのだ。 だが別にわたしはいたずらに儚んでいるのではない。30年で一世代、これが350世代程度でゆうに1万年を越える。時の流れを思えば、むしろ必要なのはもののあわれを嘆くのではなく、与えられた時間を与えられた責任として精いっぱい尽くす姿勢なのではないか。 わたしたちは、永遠に変わらない「神」という価値観を頂いている。だから、何だか自分の働きが永遠に繋がるような錯覚を受ける。そんなことはない。個人の影響力なんてせいぜい1〜2世代。それでもいのちは繋がってゆくのだ。 受け取ったバトンを確実に次に渡して行くこと。たとえば教会に連なる者は、まさにそうに違いない。だからこそ大胆であれ、恐れるな、ことを尽くして神に従え。 第43回山口中分区信徒大会が終わった。「聖書に見る平和」の主題のもと、約90名の方々が共に集い、主日礼拝を捧げた。午後からは主題をめぐる話し合いの場となった。例によって全体をグループに分けて、その中で与えられた課題を話し合い、全体にシェアするという手法で行なわれた。 その話し合いの中で、幾つか特徴的なことが挙げられたように思う。設問の第一は「教会はなぜ平和をつくり出さなければならないのか」。それは「しなくてよい」という答えも認めつつ行なわれたが、どのグループからも聖書的な根拠や教会としてあるべき姿が語られた。設問の第二は「平和をつくり出すために教会は何が出来るか、なぜ出来ないか」。この答えの中には「教会といってもいろんな考えや信仰があるから」という保留付きが多かった。 二つの設問に対するこの圧倒的な答えが、わたしにはきわめて特徴的なものとして映った。つまり、総論としての「平和」に対する姿勢ではためらうことなく「教会は…」ということばが使われるのに、各論としての「平和」になると突然歯切れが悪くなり、「それぞれの考えがある」と個人に責任が帰せられてしまうという点だ。 「みんな違ってみんないい」はみすゞの言葉だが、それは一息に言い切るほどには現実は簡単ではない。違いを認めあうことは時としていとも簡単に無責任に流れてしまう。一方でわたしたちは「主にあって一つ」とも言う。「一つ」を強調する時、意識の背後で当然のように切り捨てが起る。 信徒大会で現れた特徴的な答えは、わたしたちが「ちがい」にも「ひとつ」にも、実は今一つ本気になっていないことを示しているのではなかろうか。そんな気がしてならなかった。 ![]() 岩国は米軍岩国基地の滑走路沖合移設に絡んで文字通り日々刻々と状況が変化している。岩国を訪れる度に、巨大な埋め立て事業がどんどん進んでいるのがわかる。その埋め立てに使う土砂は岩国市内の愛宕山を削ってベルトコンベアで海岸まで運び、船に積み直して現場まで送る。愛宕山はすっかり削られて、そこに「夢」のおしゃれな住宅街が誕生する「ハズ」だった。ところがいざ掘削を開始すると表土の下はかたい岩盤で、掘削機が使えなかった。代わりに日に2度ダイナマイトによって岩石を砕くことになった。ところが、無人の広野に一つそびえている山のわけはない。掘削工事現場のすぐ脇はすでに開発された住宅団地なのだ。マイホームを手にしてその団地に住んでいる人たちは、地震かと見まがう大地の揺れに日々直面しなければならなかった。新しい住宅の屋根は掘削で飛び散る砂のため薄汚れてしまい、雨どいも埋まってしまったと言う。それでも「沖合移設のため」と我慢してきたが、滑走路が移設され1.4倍に増えた基地に、厚木の艦載機部隊59機が移駐してくることになった。住民はまんまとだまされたのだった。しかも造成地は売却の見込みがついえ、巨額の借金を残して事業を終了してしまうことに。夢の住宅地は、59機と共にやって来る軍人・軍属の住宅に提供されるというだまし討ちまで付いてきた。 「山が海に移る」のは強い信仰だと聖書にある。だが、岩国の現実は、人々の願いもささやかな幸せへの希求も、「カネ」の力で踏みにじる巨大な嘘と暴力だ。 平和を願う人たちは、今日もその嘘と暴力に立ち向かう。
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神学校時代を過ごした東京都町田市は、まるでささくれのように南にとんがって伸びた土地で、そのとんがった西は横浜市、東は川崎市、北は多摩市に隣接している。神学校はその町田でも最北部にあり、裏の斜面を降ってしばらく丘を行き過ぎると多摩ニュータウンが開けていた。
第43回山口中分区信徒大会が終わった。「聖書に見る平和」の主題のもと、約90名の方々が共に集い、主日礼拝を捧げた。