日本基督教団防府教会   週報より
by mtz0012
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おぼえがき
わたしは、日本原燃六ヶ所核再処理工場のアクティブ試験(実質操業)の中止と再処理計画の凍結を訴えます。

“STOP!再処理 ネットワーキング”


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ごみっちゃんが、2006年10月24〜26日に東京でおこなわれた第35回日本基督教団総会を速報した「キョウダン総会ウォッチャー」
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No.362 2006.3.5

a0009450_2222233.jpg 南京大虐殺の証言者、故東史郎さんを偲ぶ会に約60名の方々が京都に集まった。会場ではまだお元気だった頃の東さん──それでもその時既に86歳だったのだが──が南京で「なぜ証言したのか」をあのお元気な力強い声で話される姿が正面のスクリーンに映し出されていた。
 各地から集まった人たちは、東さんとの出会いや関わりについて披露した。様々な出会いが様々な場所で起っていたことをあらためて知らされた。後半では、東さんが多方面からの批判も含めた反響の中でいわゆる「南京裁判」でやろうとしたこと、その意義、評価、それを受け継ぐとはどういうことかについてシンポジストがそれぞれ語った。
 東さんは南京事件について記者会見した後、非難攻撃の猛攻を受けた。そのほとんどが匿名で応答が出来ないために、朝日新聞の「手紙」欄に投書した(1987.8.15)。それにはこうある。「非難・攻撃する匿名氏は『英霊を冒涜するものである』『戦死者を犬死ににするものである』と言う。果たしてそうであろうか。(略)形式的に九段に参拝するよりも、不戦の誓いの靖国神社は、各人の胸のうちに祀られ、祈られるべきではないのか。そうでなければ、敗戦の無意味な犠牲者に過ぎず、それこそ犬死にとして終わるのではないか。」。この指摘には、わたしたちがヤスクニとどう向き合うべきかという問題にとって大事な示唆がある。
 93歳と9ヶ月の生涯のうち、特に後半20年間は南京事件の証言者として嵐の中を歩まれた。孤独な戦いにも見えたが、しかしそれを受け継ぐ決意を新たにした60人は決して孤独ではないことを噛みしめていた。そのことひとつとっても、東さんからの最後の、しかし大きなプレゼントだった。
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by mtz0012 | 2006-03-05 00:00 | 平和
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